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バニーマン日記
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青森(と秋田)に行ってきました⑦
【2018/12/03 13:51】 旅行ー東北
弘前にお泊りです。

お宿はビジネス・ホテル。
というのも、晩御飯が決定済みなので、食事なしということでビジネス・ホテル。

向かった先は、“津軽三味線ライブ あいや” 。
居酒屋ですが、店内で津軽三味線ライブがあるということでここに。

DSC_0616-77.jpg

津軽三味線というと、映画ファンとしては斎藤耕一監督の“津軽じょんがら節”、
一般的には“吉田兄弟”を思い浮かべる人が多いと思います。
僕としてはそんな程度の知識ですが・・・。

で、お店の外見は三味線らしさは無い、店内は小さい。
30人、入れる・・・?
その分、ステージは目の前。
ちょっとイメージとは違いました(笑)

僕等が入店した時点では、お客は僕等だけ、つまり5人。
すこし遅れて、女性一人と、男性一人。

もう少し後に、団体さんの予約が入っているとのことで、
僕等が帰るころに、その団体さんが入店しました。

店主?と、お客さんだと思っていた女性が津軽三味線を演奏しました。

津軽三味線は、弦楽器だけど打楽器と呼んじゃってもいいんじゃないかと、前から
個人的には思っていただけあって、目の前での演奏は迫力ありましたね。

DSC_0617-77.jpg

僕等しかいないので、演奏終了後、演者の二人と世間話。

二人によると、津軽三味線の歴史は以下のようです。

弦楽器そのものの発祥は中東とされる。
その後構造的に変化しながら、インドを経て中国に入り、中国南部において「三絃」が成立。
その三弦が、15世紀以降、琉球王国(現在の沖縄県および鹿児島県奄美群島)で独自に発展し、
三線となった。
そして三線が沖縄を経て畿内に持ち込まれ、江戸時代中期に日本独特の三味線となった。
以降、三味線は日本各地の土着芸能と融合して様々に発達し、当時日本最北端であった津軽地方に
おいて津軽三味線となる。
津軽三味線の楽曲の原型は、新潟地方の瞽女(ごぜ)の三味線と言われる。
その他、北前船によって日本海側各地の音楽が津軽に伝わり、津軽民謡は独特の発達をみる。

諸説あるようですが、中東→中国→沖縄→畿内→津軽というのは、ほぼその通りでしょう。
お二人によると、とにかく北前船の影響は大きかった、ということらしい。
食料品とかの物質だけでなく、あらゆる文化が北前舟によって、津軽に届けられたと。

日本以外のことはともかく、国内においては、形は似ていても実に違う楽器になりましたね。
楽器が違うというか、その奏でられる音楽が違うというか・・・。
面白いですね。

DSC_0618-77.jpg



青森の食事について。

この“あいや”での食事ということではなく、旅行中全体においての感想です。
写真は無いです(^_^;)

先ずは“嶽きみ”。
トウモロコシのことですが、これが美味しかった。
とにかく甘い。
旬はちょっと過ぎているということでしたが、それでも美味しい。
天ぷらとコロッケを食べましたが、どちらも美味しかった。

ホタテの串焼き。
焼き鳥状態ですが、油で焼いてある・・・?
鉄板で焼いてあるのかな?
香ばしくて美味しい。
味は醤油味。

イカメンチ。
イカのゲソをメインにした揚げ物ですが、これも美味い。
海沿いの町ならどこでもありそうだけど、青森ならでは。

せんべい汁。
“せんべい”というのがどんなせんべいなのか、食べるまで分かりませんでした。
僕が食べたのは、すいとんの代わりにせんべいが入っていたような汁ものですが、
そのせんべいというのが“麩”みたいなもので、美味しかったです。



お土産。

おきな屋というお菓子屋さんの“たわわ”と“薄紅(うすくれない)”
たわわは和風アップルパイで、薄紅は和風リンゴグラッセです。
その大きさ(と言うか小ささ!)にビックリしましたが、上品な甘さで美味しかったです。






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テーマ:東北旅行 - ジャンル:旅行




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